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千葉地方裁判所八日市場支部 平成10年(ワ)51号 判決 1999年9月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

白井幸男

被告

有限会社芝山タクシー

右代表者代表取締役

高根俊輝

右訴訟代理人弁護士

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、雇用契約に基づく権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、平成九年二月以降毎月二八日限り金二五万六八六二円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 被告はタクシー業を主たる業とする有限会社であり、肩書地に本社を置き、芝山、千代田に営業所を有している。

(二) 原告は平成四年七月六日に被告会社を入社し、タクシー運転手として勤務してきた。

原告は、また、平成四年一〇月以来全国自動車交通労働組合連合会地方本部芝山タクシー労働組合(以下、「芝山タクシー労働組合」という。)の組合員でもある。

2  (解雇通告とその理由)

(一) 被告は、平成八年一二月一九日、書面にて原告に対し、平成九年一月末日をもって解雇する旨通告した(以下、「本件解雇」という。)

(二) その理由は「原告が従業員としての適性を著しく欠くと認められる」からということであった。

解雇通告書には、右以外に解雇理由についての具体的記載はないが、被告は、右解雇理由につき「原告が糖尿病や肝硬変を患っており、疲労等を引き金に意識障害におちいることがあり、その結果事故を発生させる危険性を常に有している」と主張している。

3  (解雇の無効)

(一) まず、本件解雇は権利濫用として、無効である。

原告が右糖尿病、肝硬変を患っていることは認めるが、それがために運転中に意識障害を起こすことはなく、タクシー乗務員としての適性を欠くという指摘はあてはまらない。

(二) また、本件解雇は、原告が芝山タクシー労働組合の組合員であることを理由としてなされた差別的な不利益処遇であるから不当労働行為として無効である。

すなわち、タクシー運転手に交通事故は少なくないが、非組合員の中で、交通事故を理由に解雇されたものはほとんどない。

また、被告は昭和五七年の組合結成以来一貫して組合員を嫌悪し、被告は過去多くの組合役員を解雇してきたばかりか、現在でも組合員には新車を担当させない等、露骨な不利益扱いをしている。

これらの事情を考慮すれば、本件解雇の目的は、原告が組合員であることを理由としたものであることは明らかである。

4  (賃金の請求)

被告においては、賃金は毎月二〇日締め二八日払いとされていた。

原告の解雇前二ケ月の賃金は左記のとおりであり、月平均金二五万六八六二円と算定される。

平成八年一二月 金二二万二二五〇円

平成九年一月  金二九万一四七四円

(月平均金二五万六八六二円)

5  (まとめ)

よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。ただし、被告は原告が芝山タクシー労働組合に加入した時期は知らない。

2  同2(解雇通告とその理由)のうち、

(一)の事実は認める。

(二)のうち、被告が原告に交付した解雇通告書に原告主張の文言が存することは認める。

3  同3(解雇の無効)のうち、

(一)は争う。近時の原告は、肝硬変、糖尿病といった重病に罹患しており健康状態がすぐれない上、居眠り運転類似の事故を多発させるなど、乗客の安全輸送を第一義とするタクシー運送に携わる乗務員としての適性を著しく欠いていたのであるから、本件解雇(普通解雇)処分には十分以上の理由が存在するものである。

(二)の事実は否認する。本件解雇は、原告が芝山タクシー労働組合の組合員であることや、原告の労働組合活動歴とは縁もゆかりもない処分である。

また、被告の従業員で交通事故を理由に解雇されたものはほとんどない、という主張も不正確であり、否認する。実際、被告は乗務員の交通事故に対して厳しい態度で臨んでいる。これまでは退職勧奨等、解雇処分に至らずに事態を収拾してきただけのことである。したがって、処分の形式だけを捉えて、被告が乗務員の事故に対し寛容な姿勢で臨んでいる等と主張するのは、実態に則するものとは言い難い。

なお、被告が芝山タクシー労働組合を嫌悪して不当労働行為を行っているかのごとき主張は、芝山タクシー労働組合が被告と裁判上の和解を行い、その後裁判所への提訴や労働委員会への申立等の労使紛争が一件も発生していないことと全く相容れない主張であり、これが事実に反する主張であることは明白である。

4  同4(賃金の請求)について

平成八年一二月分、ならびに平成九年一月分給与支給額は認める。

三  原告の主張

1  (はじめに)

(一) 被告は、原告の解雇理由につき「乗客の安全輸送を第一義とするタクシー運送に携わる乗務員としての適性を著しく欠いていた」と主張している。

その不当性を具体的に指摘する前に、被告会社のこの「乗客の安全」を常に配慮してきたかのような主張に対してはまず反論しておく必要がある。

極論すれば、被告は「乗客の安全」よりも、営利を優先させてきた会社であった。

(二) 左記に述べるように被告会社ほど「乗客の安全」を軽視している会社は成田空港には存在しない。

(1) 証人菊間克巳(以下「菊間」という。)の担当車両は平成三年の登録車であり、その走行距離は約五五万キロである。

他のタクシー会社の場合には、期間四、五年、走行距離四〇万キロぐらいで新車と交換するのに、被告の場合は走行距離五五万キロを超えてもまた登録して八年を経た車をも使用しているのである。

(2) しかも、被告の営業車は排気ガスが問題とされる軽油を燃料に用いるディーゼル車である。ディーゼル車を用いるのも成田空港では被告のみである。

(3) その使用するタイヤも路面に対するくいつきが悪いというタクシーラジアルである。このようなタイヤを用いている会社も少ないという。

その交換についても、かつてはタイヤの溝がなくなるまで乗車させ、現在でも何度もタイヤの交換を求めなければすり減ったタイヤを交換させてくれない。

(三) このように古い車を走行させるのもディーゼル車を用い、かつ、タクシーラジアルのタイヤを使用するのも、それが経費の削減に直結しているからである。

真に、被告が乗客や運転の安全かつ快適な運送を配慮する会社なら、他のタクシー会社とは全く異なる「独自の路線」を歩み続けるはずはなかったのである。

したがって、「乗客の安全輸送のため」という一見もっともな解雇理由についても、被告の場合には、これに疑問を持たなければならない。

2  (本件解雇の不当性)

(一) はじめに

被告は、「原告が肝硬変、糖尿病といった重病に罹患しており、健康状態がすぐれない上、居眠り運転類似の事故を多発させた」ことをもってタクシー乗務員としての適性を欠くと主張している。

原告が肝硬変、糖尿病を患っていた事実も、原告が平成八年二月、六月、一二月と一年間に三回事故を起こしたことも事実である。

しかし、それでも本件解雇は不当である。

(二) 事故を理由とする解雇について

(1) まず、事故を理由とする解雇は被告においては近年なかった事実である。菊間は昭和五七年に被告に入社しているが、事故により解雇された人を記憶していないという。

また、平成元年八月に被告に運行管理者として入社した吉野広明(以下「吉野」という。)も、「入社して以来事故を理由に解雇した例はない」と証言している。

昭和五六年に入社した小野瀬勝美も「事故により解雇された例はない」と述べ、昭和五八年に配車係として入社し、平成八年までに勤務した佐藤誠一も「事故の度に始末書を書かせたが、事故により解雇された例は記憶がない」と述べている。

(2) もっとも、大きな事故がなければ、あるいは事故を多発するものがなければ、事故により解雇される例がなくて当然であるが、しかし、被告の場合、そうでもないことが明らかである。

甲第七号証は、被告の「最近の事故状況」をまとめたものであるが、これによれば、狭い農道から広い道路を横切ろうとして、二台の車に衝突したAが解雇されなかったのはもとより、一時停止を怠り、かつ、飲酒運転で事故を起こし、事故後逃走したというBさえ、解雇されることはなかった(Bは事故日から約一ケ月後に自ら退職してはいるが、解雇処分は受けていないことが認められる。)。

また、Cに至っては、一年間に六回も事故を起こし、酒を飲んで会社の車庫にある営業車約一五台に傷をつけているが、それでも解雇されなかったという。

(3) 被告が「事故の多発」ではなく、原告の病気による就労困難を解雇の理由として強調するわけがここにあると考える。

また、被告が「事故の多発」を直接の解雇理由としないのは、被告も事故は悪いことではあるが、わざとするものではなく、かつ、タクシー乗務員は職業柄、常に事故と隣りあわせであるとの点を日頃から理解していたことの結果とも考えられる。

(4) 原告が、タクシー運転中に事故を起こしたことは事実であるが、事故の原因はいずれも意識朦朧の状態に陥ったが故のものではなかった。

被告主張の第三事故は、原告が空港に向かって空車を運転中、前を同一方向に走行していた一一トン位の大型トラックが、ウインカーも出さずに、いきなり道路右側の駐車場に入ろうと右ハンドルを切ったことから、トラックの車体に前をふさがれ、トラックとの衝突を回避しようとハンドルを左に切ったところ、道路左端の縁石に乗り上げ、植えたばかりの椿の木をなぎ倒してしまったというものである。

被告主張の第四事故は、原告が営業車を運転して大栄町方面から芝山タクシーのある芝山町方面に向けて走行し、現場のカーブ地点にさしかかったところ、前方から大型トラックが走行してきて、接触しそうになったので左へハンドルを切ったところ、営業車が道路左側の縁石に乗り上げ、営業車の下部左ロックアームを破損してしまったというものである。

右二つの事故の間には、約六か月の間隔があり、いずれも空車運転中の事故であり、乗客に被害を及ぼすことはなかった。

(5) いずれにしても、「事故の多発」は過去の事例に照らせば、正当な解雇理由とならないことは明らかである。

(三) 病気を理由とする解雇について

(1) 被告は、原告の病歴、原告の持病である肝硬変や糖尿病の症状、その治療として投与された薬の副作用の可能性等について詳細に述べ、原告がタクシーの乗務に耐え得ないと主張している。

(2) しかし、結局は被告の原告の健康状態に関する主張は一般論としての危険性の指摘にほかならないというべきである。

原告の症状がどの程度のものであったか、就労が果たして可能であったか否かは、一般論ではなく、原告の担当医の専門家としての具体的な診断や原告の稼働の実情に照らして判断されなければならない。

① 医師の判断

a 甲第三号証の東邦大学医学部付属佐倉病院の伊藤医師の診断書によれば、平成一〇年五月時点での原告は「肝硬変は安定し、糖尿病もコントロール良と考えられ、現在では日常生活に支障なく、労働も可能と考えられる」とのことである。

b また、解雇後ではあるが、平成九年五月時の高根病院での診断でも「臨床的に安定している。この調子で行きましょう」というものであり、ここでも原告の病状が労働に不適であるとは診断されていない。

c 乙第二六号証の一の高根病院からの回答によれば、「アンモニアの高値は記憶力の低下、さらに悪化すると意識の混濁等をも生じ、血糖高値は昏睡を生じさせる場合があるが、原告の場合はその程度に至っていない。激務については避ける旨指導していたが、血糖、アンモニア値は安定しており、就労の有無については個人と会社側の良識にまかせていた」ことが認められる。

d また、原告本人の供述によれば、被告会社を解雇される前、週に一回の割合で高根病院に通院していたが薬を飲むにあたって、たとえば、薬を飲んですぐに車を運転しないように注意されていたこともなく、また、医師や薬剤師からも昏睡を招くような薬は投与されていないと説明されていることが認められる。

e 結局、原告の持病の症状や薬の副作用による就労の困難性を指摘するのは被告のみである。

② 稼働状況

a 日頃の勤務状況については争いのある点がいくつかあるが、次の事実については動かし難い。

事故が多かったという平成八年当時、原告の勤務につき、病気を理由に欠勤、早退が多かったという事実は認められず、かつ、水揚げ(運転収入)も平均を下回っていた事実もない。

被告が、原告は欠勤が多かったと指摘する趣旨で提出した欠勤届(乙第四七ないし第五四号証)は、ほとんど平成七年当時のものである。しかも、これらの欠勤届の存在は原告は体の具合が悪いときには、その旨申告し、休んでいた事実を裏づけている。

また、原告は平成一〇年一月に成田エアポートというタクシー会社に入社し、隔勤(月一六日くらい)で七時出庫、朝三時に帰庫の勤務に従事していることが認められる。

b かかる客観的事実に照らせば、就労困難との判断はどこからも見いだしがたい。また、かかる事実から離れて、就労の可能性を論ずることは無意味でもあると考える。

もし、原告の症状が被告主張のとおりであるとすれば、事故前後において、通常の勤務に就くことは不可能だったはずであることは常識として考えるからである。

(3) 解雇手続との関連でも、解雇の理由を病気とすることは認められない。

① 病気を理由とする解雇だというものの解雇通告書の手渡し時にも、その旨の説明はなく、解雇理由を問うために平成九年一月一六日に開催された団体交渉の場においても、その旨の説明はなかった。

② 解雇に際し、就労の可能性につき、本人から事情聴取を受けることも、医師の診断を求めることもなかった。

③ 病気を理由とする解雇といいながら、本件は予告解雇であり、事故後一ケ月間原告を就労させている。

原告の病気を理由に、「乗客の安全」を守るための解雇といいながら、事故後一ケ月間就労させている。この事実は、本件解雇理由が偽りであることを端的に示している。

(4) 原告の日常の勤務状況に関する被告の主張に対する反論

① 乙第八号証について

これは整備士の斉藤政幸(以下「斉藤」という。)の陳述書であるが、ここには「原告は泥酔に近い状態で、目がうつろで焦点が定まらない様子で姿を見せることが時々あった。」と記されている。証人吉野も同趣旨のことを証言している。

原告はこれをすべて否定しているが、仮に証人吉野の証言が事実としても、同人は毎日出勤の際に原告と顔を合わせているものの、事故をおこす前とか、あった後に、「休まれた方がよいじゃないか」と話しをしたことはあったが、これは二、三回にとどまり、それでも乗務しようとする原告に対してはそれを拒否せずそのまま乗務させていたし、しかも、原告の体調が悪いことを理由に帰庫時間を厳守するように指導したことはないという。

もちろん、この間病気を理由とする欠勤の場合以外に医師の診断を求めることもなかった。

これらの事実は、斉藤や吉野らのいう、原告に「泥酔状態」の時があったというのは偽りであったことを示しているというべきである。

運行管理者が「泥酔状態」とも思える運転手に乗務を許すはずがない。その管理こそが、運行管理者の仕事である。

② 乙第四一号証について

a これは原告の日頃の健康状態に関する陳述書であるが、ここにも乙第八号証で指摘されているような事実が記載されている。原告が待機中に意識不明になり、救急車を呼ぶ騒ぎになったこともあるとも記載されている。

しかし、これについては、ここに署名したものの一部が後にかかる事実はなかった旨記載した陳述書を作成してくれている。

甲第二四号証は、芝山タクシーに一〇年にわたり勤務していた新井清の陳述書であるが、同人はこの中で、「原告が泥酔状態とか意味不明のところを一度も見ていない」と語っている。

甲第二五ないし第二九号証の陳述書には、「交友会(非組合員で組織された親睦会)の会員であったため、事実に反すると知りながら、署名せざるを得なかった」旨の記載がある。

b また、甲第二二号証は、原告と同じ成田空港の第九駐車場において待機し、それ故、原告をよく知るタクシー乗務員が署名した「証明書」であるが、ここには約二二〇人もの仲間が、乙第四一号証の記載は偽りであることを証明してくれている。

c 甲第一四ないし第二一号証も、同様の趣旨の陳述書である。そのうち、甲第一四号証は平成七年六月に芝山タクシーに入社した多賀直人の陳述書であるが、そこには以下のような記載がある。

「会社入社後、甲野太郎氏には先輩としてのご指導をいただき、感謝しています。会社出庫時よりアドバイスを受けたり、勤務終了後に食事を共にすることがありましたが、特に言動など変わった点は見られませんでした。会社側では足取りがふらついたり、意識が朦朧としているなどと言っている様ですが、出庫時及び帰庫時に五分と立ち寄らない営業所で仮にそれらが確認されたとして、なぜ成田空港での何時間ものタクシー客待ち待機中に症状が表れないのか不思議でなりません。一日のうちの半日以上も、私と共に勤務しておりますが一度たりとも変な様子を見たことはありません。また、『様子が変だ』という話も聞いたことはありません。」

「出庫時に意識がもうろうとした乗務員がいたとしたら、会社は出庫を停止させるか、少し休養させなくてはならないはずです。私は、いままで出庫を停止させられている乗務員も、休養している乗務員も見たことがありません。」

(5) 平成八年一二月一二日の事故当日の「泥酔状態」について

① 事故当日の状況につき、証人吉野は「当時原告は『おれは首か、おれは首か』というようなことをわめきながら入ってきた。高橋さんの肩に手をやって、一人歩きできないような泥酔状態のような状況だった」と証言している。

右証言は、原告本人や証人高橋正義(以下「高橋」という。)の「原告は高橋のあとにジュースを二本を買って一人で歩いて事務所に入っていった」旨の供述・証言と著しく異なっている。

② しかし、吉野証言には偽りがある。

すなわち、原告も他の従業員にも「事故により解雇される」という認識はなかったはずであるから、原告が解雇されることを想定した「おれは首か」などの発言をするわけがなく、このことを言いながら、原告本人が事務所に入ってきたという吉野証言は信用できない。

③ そればかりか、右状態が真実だとすれば、被告の責任において原告を病院に連れて行くなどの処置をとるべきところ、それをしていない。

しかも、その後原告が休んだことにつき、心配はしていたものの、事故についても健康状態についても何の事情聴取もしていない。

④ また、原告がいわゆる泥酔状態であったとすれば、当日原告を高根病院まで送った高橋にしても、玄関まで送ってそのまま帰るということもなかったはずである。

⑤ なお、乙第四四号証の吉野の陳述書によれば、当日、事故現場の確認が遅れたが、それは原告が「泥酔状態」で原告からの連絡が適切でなかったからというが、いわば間道での事故現場に報告を受けてから一〇分で到着しているのである。しかも、指摘された修理に必要なものを備えて出かけている。

事故当日の原告の「泥酔状態」というのも、捏造されたものであること明らかである。

(6) 病気を理由とする解雇は、本来慎重でなければならない。

けだし、病気をかかえて勤務するタクシー乗務員は少なくない(甲第三〇号証参照)。医師の診断にもよらず、会社の勝手な判断での解雇は恣意的な解雇を可能にするものであると同時に、病気をかかえる労働者の就労の機会を不当に狭めるものである。

(7) 被告の主張するエアポート勤務の内容は認めるが、それが激務であることは争う。

(8) なお、事故の多発をもって、異常だとし、それ故これは病気のせいだというのは、本末転倒であり、かかる論理での病気を理由とする解雇は認められない。

事故は振り返ってみれば、いずれも異常な面を有することは否定できない。しかも、本件各事故につき、格別の異常性を見出すことも困難である。

(四) まとめ

以上からすれば、原告は一年間に事故三回を起こしてはいるが、事故の多発を理由に解雇すること、あるいは原告が肝硬変、糖尿病をかかえていることから、タクシー乗務員としての就労が困難であるとしてなされた本件解雇は、正当な理由を欠くものであり、無効であるといわなければならない。

3  (本件解雇の不当労働行為性について)

(一) 本件解雇は原告が組合員であることを理由としてなされたものである。

(二) 被告は極端に労働組合の存在を嫌悪してきた。そしてなりふりかまわぬ不当労働行為をくり返してきた。

「営利本意」の会社であるということの外に、この「組合敵視」の姿勢を貫いている被告の体質も正しく理解されなければならない。

(1) まず、被告は昭和五七年一〇月に組合結成時に暴力団員を導入し、その交渉を決裂させた会社である。

(2) また、過去に千葉地方裁判所八日市場支部にはすでに被告の組合員の解雇事件が二つ係属したことがある。

そしてそれは、いずれも組合側の勝訴に終わっている。(甲第一二号証)

その中で、特に被告会社の「体質」を浮きぼりにしている事件が、組合書記長小野瀬勝美に対する解雇事件であり、甲第三一号証は、第一審である八日市場支部の判決書である。

解雇事件は右二つにとどまらない。

(3) 配車差別

① 被告は組合員に対しては決して新車を担当させない。これは今でも続いている。

古い車を担当する者は非組合員の中にもいる。これは経費削減のための営業政策から当然である。

しかし、新車を与えられないのは組合員のみである。

例えば菊間は昭和五七年の入社であるから勤続年数が長く会社に対する貢献度が大きいのに、組合員になってからは新車を与えられることはないのである。(なお、比較的登録年度の新しい車を担当していたとしても、他人が一旦担当した車は新車ではない。)

② 平成六年八月の和解に基づき、平成八年に組合員小野瀬に対し新車が与えられた事実は認めるが、これは和解に基づくいわば当然の義務の履行である。したがって、この点をとらえて、組合員に対する配車差別はないとの被告の主張、反論は認められない。

直視すべきは、組合設立前までは入社順に新車の割り当てがなされていたのに、組合設立後は和解等の特別事情なくしては組合員に対し新車が与えられていない事実である。

③ 新車配車差別は根が深い。

新車配車問題につき差別ありとして、組合は昭和六三年に不当労働行為救済申立をし、この申立は地労委でも中労委でも認められた。

しかし、それでも被告はその後も新車配車での組合差別をやめず、組合はやむなく平成三年、再度同じ配車問題につき、不当労働行為救済申立をしなければならなかった。

そして、その申立に対する命令が甲第一二号証の命令書である。

その後、紆余曲折を経て、平成六年八月に、組合と被告は和解し、その中で、会社は予定される最初の新車の配車に際しては、正木ら当時の三名の組合員に優先して配車すると約束したが、三名の組合員は新車の配車を受けるのに平成八年二月まで待たなければならなかった。

つまり、平成八年二月に前記和解に基づき、正木ら組合員三名に新車を配車した以降、組合員に対する新車の配車は全くない。

④ ここまで徹底した組合差別を今なお継続させているのが、被告である。

前述の本件解雇の理由が薄弱であることに加え、この被告の組合敵視の姿勢を考慮するとき、本件解雇は原告が組合員であることを理由としてなされたものであること明白である。

4  (結論)

したがって、いずれにしても本件解雇は無効である。

四  被告の主張

1  (本件解雇理由の存在について)

(一) 原告が不可解というほかない事故を引き起こしてきたこと

(1) 第一事故―平成六年九月二七日

原告は、東京方面で乗客を降ろして帰社する際、午後六時半過ぎころ、東関東自動車道下り線成田出口約四キロ手前付近を高速走行中、ハンドル操作を誤り必要以上に右に移動させ、もって自車右前部を中央分離帯ガードレールに衝突させて中破させ(右側フロントフェンダーが破損)、同所付近で立ち往生することとなった(乙第四号証)。

(2) 第二事故―平成八年二月六日発生

原告は、同じく東京方面で乗客を降ろし帰社する途中、東関東自動車道下り線富里出口約三キロ手前付近を高速走行していた際、やはり中央分離帯に自車を衝突させ、立ち往生する結果となった。このときも、乗車していた車両の右前フロントフェンダーが破損するという中破程度の被害が発生した(乙五号証)。

(3) 第三事故―平成八年六月二九日発生

この日は県内当番であり、県内で乗客を降ろし、空車を回送して成田空港第九駐車場に向かう途中、午後五時半ころ、同空港脇の、前後数百メートルにわたって見通しの利く、ほぼ直線の片側一車線道路の左側縁石部分に、かなりのスピードを出した状態で乗り上げ、その場に植えてあった街路樹六本をなぎ倒してしまった(乙第三、第六、第一二号証)。

(4) 第四事故―平成八年一二月一一日発生

この前日、原告は県外当番であり、当日午後零時半ころ、被告の本社営業所に「遅くなる」と電話連絡を行ったものの、会社の規則に反してそのまま帰宅してしまい、当日の営業時間が到来しても出社してこなかった。

そのため、被告本社営業所の吉野管理者が、午前九時半頃原告宅に電話連絡し、速やかに出社の上前日の売上金を納金するよう命令した。

その後間もなく、原告は被告に出頭して納金作業を行うべく自宅を出発したが、営業車を運転して自宅付近を走行中、緩やかな右カーブをそのまま直進し、道路の外に飛び出すという事故を起こした(乙第三、第一〇号証)。

この事故の後、原告は被告本社営業所に電話し、車両がパンクしたとの修理依頼を行い、これを受けて被告の斉藤整備士がパンク修理用の機材を持参して現地に出向いたが、実際のところ、事故車両は左ローアームが破損するという中破程度の損傷を受けていることが判明し、同整備士が持参した機材では対応することができなかった。

そのため、同整備士の連絡で、被告の高根孝社員が積載車を運転して現場に出向き、原告運転車両を積載して、修理工場に届けたものである。

(二) これら事故から窺える点について

被告が問題としている四件の事故態様は右に見たとおりであるが、本件に先行する仮処分決定裁判所が指摘されているとおり、これらはいずれも極めて不自然な事故であり、原告の心身に何らかの不調があったことを推測させるものである。

(1) 即ち、まず第一事故及び第二事故について言えば、事故現場はいずれも非常によく整備された高速道路上であり、原告やその同僚が年間一〇〇回以上走行する、通り慣れた道路である。しかも、特に事故が起き易い現場であったことを窺わせる客観資料が全くない中で、原告は、追い越し車線を高速走行中にいきなり中央分離帯に自車を衝突させるという、極めて危険な態様の事故を発生させたのである。しかも、一度ならず二度も連続して発生させるに至っては、かかる事実だけでも、解雇相当とさえ言えるものである。

これに対する原告の反論は、運転中溝にはまった、あるいは風にあおられた、などというものであるが、仮に、そうした事実が真実存在したとしても、およそ職業運転手であれば、こうした事実を予見し、本能的に、ハンドルをしっかりと握るなり、走行スピードを落とすなり、あるいは適切なブレーキ操作を行うことによりこうした事故を回避するものであり、原告の弁解はそもそも職業運転手の主張として成り立つものではない。

なお、原告の同僚であった証人菊間は、タクシー車両に使用されるタイヤは自家用車向けタイヤに比べ品質が落ちるかのように証言するが、全く根拠がない。むしろ、タクシー向けのタイヤの場合、タイヤパターンやショルダー部分が専用設計され、またタクシー専用のコンパウンドが使用されるなど、長距離走行を前提とした上で、耐磨耗性、耐偏磨耗性といった重要課題が高次元でクリアされており、もって安全性に最大の配慮がされているのであって、右菊間証言は事実無根も甚だしく、到底採用の限りではない。

(2) ついで第三事故について見ても、当該事故現場は、原告やその同僚が毎日のように走行する通い慣れた道であり、この場所が特に事故を起こし易い場所であるという事情は一切存在しない。

また、事故の態様を見ても、街路樹に衝突する直前に原告がブレーキをかけた痕跡が全くなく、しかも街路樹だけをなぎ倒し、左側に隣接する金網フェンスには何ら損傷がなかったことからして、原告が自車を直進させていたこと(しかもなぎ倒した本数からして相当スピードを出していたこと)が明らかであるが、こうした状況に照らせば、事故当時、原告が正常な意識の下で運転作業を行っていたとは到底考えられないところである。

この事故につき原告は、先行車両が突然右折のため停車したためにこれを回避しようとしたものである、などと主張するが、右現場は右折専用車線も設置されており、右折車に追突する危険など皆無と言ってよい場所であって、原告の主張を裏付ける資料は一切なく、また原告らが当該道路を頻繁に通行していた事実に照らし、こうした右折車両等の存在は容易に予見できたことが明らかであって、原告の主張はにわかに信用できないものである。

また、仮に、真実そうした車両が存在したとしても、まずはブレーキをかけ、しかる後に、衝突を回避するためにハンドルを左に切るのが通常の行動であるところ、本件にあって、原告がブレーキをかけたことを裏付けるブレーキ痕、あるいは原告がハンドルを左に切ったことを窺わせる事実が一切ないことは前述した通りであり、これが右折車両の存在により生じた事故であるとの供述を信じるという方が無理というものである。

(3) さらに第四事故について言えば、その態様は、カーブをそのまま直進するという事故であったことは前述した通りであり、これは余程の事情がない限り、原告が居眠りしていたか、運転中必要な注意を持続できない何らかの心身の不調があったことを推測させるものである。

これに対する原告の弁解は、対向してくる大型車両との接触を避けるためのものであったと言うものであるが、当該現場は原告も通い慣れた道であり、なおかつ右に曲がる角度も浅く、対向車を回避するために左に急ハンドルを切る必要などないことは明らかであるし、カーブの内側に対向してくる大型車両の視認を妨げるような障害物もない状況であるから、原告の供述には何らの信用性もない。

なおかつ、この事故の直後、原告が意識朦朧とした状態であり、一人で歩くこともできず、簡単な納金作業さえできない状態であったことは、こうした状況を目撃した被告の吉野管理者、斉藤整備士、渡辺社員らが同様に述べるところである。原告に代わり納金作業を代行したのは、原告の古くからの友人である高橋であるが、これは、当時原告が泥酔状態のようにふらついており、一人で立つこともできず、また意味不明な言葉を連発するなど意識朦朧としており、計算を伴う納金作業など到底不可能な状態であったからにほかならない。

この点につき証人高橋は、納金の際、自分が単身で被告本社営業所に立ち入り、納金作業を行い、原告はあとからやって来た旨証言しているが、次に述べるとおり、これは明らかに事実に反するものである。即ち、高橋が納金に来ることは、当時被告の職員の誰もが知らないことであり、そうした状況で、高橋が突然被告本社営業所にやって来たとすれば、当然のことながら、少なからぬ混乱を生じたはずである。しかし、本件全証拠を見ても、そうした混乱が起きた事実を窺わせる証拠は一切ないのであって、これは即ち、高橋と原告が一緒に被告本社事務所に現れたこと、即ち、高橋が原告を抱きかかえるように連れて来たことから、居合わせた被告職員もすぐに事情を察し、さしたる混乱が生じなかったと見る以外に説明の仕様はないものである。

このように、証人高橋は、当時原告がふらついて一人で歩けないため介添えした事実を隠そうとしており、不当である。

なお、原告は、右事故後、約一週間ほど、被告に何の連絡もなく仕事を休んでいるが(争いがない)、こうした事実も、原告の心身に、原告の言うような「単なる打撲」などとは根本的に異なる、重大な不調があったことを強く推測させるものである。

(4) 以上、本件各事故の内容を検証してきたが、こうした本件一連の経過に照らし、原告が、多少の不注意により起きる事故とは異なり、何らかの体調不良に基づくものと強く推測される事故を、連続して引き起こしてきたことが明らかである。

(三) 事故を引き起こす前後の原告の健康状態について

(1) 原告は、平成二年にだるさを感じるようになり、仕事に支障を生じるようになったことから、近隣の個人病院を受診し、そこでまず肝炎と診断された。

(2) その後、原告は当時の住所の近くにあった高根病院で治療を受けるようになったが、原告の診断名は、平成四年頃、肝炎から肝硬変へと変更になるとともに、被告への入社後間もなく(平成五年頃)、これに糖尿病も併発するようになった(争いがない)。

(3) 原告は、平成六年、海外旅行に出かけたが、旅行先のフィリピンにて肝臓の状態が悪化し重篤な状態に陥り帰国し、同年三月一九日から五月七日までの間、高根病院に入院して肝硬変等の治療を行っている(争いがない)。

(4) なお、原告の肝硬変について言えば、原告が、平成九年六月現在で肝機能改善薬としてグリチロン錠、腹水・浮腫に対する治療薬として利尿薬であるピロラクトン及びフロセミドの処方を受けていることが明らかになっており、こうした服用を指示されていることに照らし、原告の肝硬変が少なくとも中等症以上に進行していることは疑う余地がない。このような場合、本来、入院して安静加療を要するものである。

(5) 肝硬変、糖尿病とも、肉体的、精神的な安静が病勢の安定に絶対に欠かせないところ、被告の営む空港タクシー業務は、拘束時間が必然的に長時間とならざるを得ず、車両走行中は絶えず緊張を強いられるなど、乗務員にとって、肉体、精神の両方に負担のかかる激務であることが留意されなければならない。

なおかつ、その職種の性格上、一乗務あたりの仕事量は、現実に乗せた利用客の目的地によって、多くもなれば少なくもなるのであり、その意味で、乗務員において自主的に仕事量や就業時間を調節することは不可能であり、一般的な事務職従事者と比較して、タクシー乗務は極めて体調管理が難しい職種と言わざるを得ないのである。

平成四年の入社以降、原告の健康状態が次第に悪化した背景には、原告が、激務を避けるようにとの医師の指示に反し、こうした体調維持が難しい職務を無理矢理続けた事があると解される。

(6) 肝硬変、糖尿病とも、不可逆的に進行する病であり、基本的に症状が軽快することはないと見てよい。

また、肝硬変の場合は肝性昏睡、糖尿病の場合は低血糖性昏睡を誘発しやすく、いずれの場合も意識障害を引き起こす恐ろしい病気である。

原告の場合、肝硬変症と糖尿病を併発していることから生じる特有の問題が存在する。

肝硬変患者の場合、肝硬変による肝機能低下の影響で糖代謝(栄養吸収力)が著しく落ちているため、高カロリー、高蛋白、高ビタミン食の摂取による食事療法が必要であるが、原告のように肝硬変以外に糖尿病を併発している場合、糖尿病治療としての食事療法、すなわち摂取カロリー制限が優先されるため、高カロリー食等、肝硬変症に対する食事療法が実施不可能となってしまい、その治療上重大な問題が発生する。

のみならず、ただでさえ糖代謝を司る肝臓の機能が低下し、糖代謝力が落ちているところにカロリー制限を行うため、患者は慢性的にエネルギー不足の状態に置かれているに等しく、そのため長時間の運動や勤務には耐えることができないが、もし仮に過激な運動等を行えば、疲労による肝機能低下とそれによる血糖値低下という悪循環に陥り、これが一定限度を超えれば、一時的に意識朦朧となったり、あるいは気絶するなどの低血糖性糖尿病性昏睡に至ることは確実と言ってよい。

(7) 原告は被告での就業中も、持病である肝硬変、糖尿病治療のため、勤務中、病院に行き治療を受けていたほか、病気を理由に会社を休むことが数多くあった。

また、原告は、これら事故を起こし始めた頃から、時折、泥酔状態のようにふらふらした状態で会社に出勤してくることがあり、そうした際には対面点呼でもろれつが回らず、また車両の運転もエンストを繰り返すなどまともな運転ができない状態であった。

(8) 原告の病状を客観的に見れば、原告は著しく疲労し易い体質となっていたことが窺われることは勿論、消化性潰瘍をも患っている事を考慮に入れるならば、突発的に、肝性昏睡や糖尿病性昏睡(ないしその前駆症状)を起こす可能性は解雇処分発令時はもちろん、現在も常に存在するのである。

また、原告が治療のため服用している薬は、脱力感、筋力低下、筋肉痛、四肢痙攣・麻痺、不整脈、全身倦怠感、目眩、頭痛、四肢しびれ感等の危険な副作用を起こす危険性のある薬である。とりわけ、腹水・浮腫を抑えるために服用しているループ利尿剤(フロセミド)にあっては、降圧作用に基づく目眩、ふらつき、肝性昏睡、痛風性発作、糖尿病の悪化などを引き起こすおそれがあるのである。

この通り、原告の服用している薬には、タクシー乗務にとって極めて危険な副作用を引き起こすおそれがあり、このことは決して看過できない問題である。

(四) エアポートタクシー乗務について

(1) 原告は、平成四年に被告に入社し、以来被告の主力業務である成田空港における空港タクシー乗務(以下「エアポート勤務」という。)に携わってきた。

(2) 被告所定のエアポート勤務とは、新東京国際空港(成田空港)の利用客を対象とするタクシー乗務のことをいう。被告においては、これをさらに乗客の目的地の別に従って、①県外当番(千葉県以外を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)、②県内当番(次に述べる一市五町を除く千葉県内を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)③近郊当番(成田、芝山、多古、大栄、酒々井、富里の一市五町を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)の三種に分け、エアポート勤務担当の乗務員に対し、県外(早番)―県外(遅番)―県内(早番)―県内(遅番)―近郊という順番で、機械的に割り当てを行っている。

また、被告はいわゆる二車三制(二台の車を三人で担当する制度)を採用しており、乗務員は二乗務して公休、さらに二乗務すると明け番というサイクルで勤務している。

ところでエアポート勤務担当者は、早番の場合は午前五時三〇分、遅番の場合は午前七時までに空港の第九駐車場に出勤し、同所にて待機して順番で乗客を乗せるのであるが、この待機時間は、基本的に短くても数時間、長いときには一〇時間程度にまで及ぶことがあり、エアポート勤務という業務は、実車の時間を含めた拘束時間が二〇時間以上にも及ぶことのある重労働である(因みに最長拘束時間は二一時間と定められている)。また、その特性上、勤務時間、拘束時間はその日によりまちまちであり、基本的に、規則正しい生活リズムを維持しながら就労することは難しいことである。

また、言うまでもなく車両走行中は安全輸送のため周囲に注意して精神を集中させなければならず、また特に、県外当番で遠距離客を乗せたときなどは、往路と復路をあわせて三〇〇キロメートル以上の長距離走行を行うことがあり、肉体的・精神的に負担のきつい業務となっている。

(五) まとめ

(1) このとおり、原告は現在も肝硬変、糖尿病を併発しており、体力的に見て激務であるエアポート勤務には到底耐えうるとは解されない。

(2) また、原告の場合、現実に、平成六年九月二六日、平成八年二月六日、同年六月二九日、同年一二月一一日と、営業車を運転中、短期間に四回にわたり、病気ないし薬の副作用によると見られる居眠り運転類似の事故を発生させている。

(3) こうした事実に照らし、客観的に見て、原告が再度同様の事故を起こす危険性がないとの保証はどこにもないことが明らかである。

(4) タクシー業務において最も重要なことは、旅客の安全輸送であり、これをタクシー乗務員の適性に引き直して考えた場合、安全運転に支障を来すような病気や障害がないことが、乗務員の備えるべき最も重要な要素の一つであることが明らかである。即ち、これが欠けた場合には、直ちにタクシー乗務員として不適格、解雇相当となるものである。

東京高等裁判所第二刑事部昭和五〇年六月一二日判決は、心身発作の恐れのある運転手をタクシー運転業務に従事させたタクシー会社の経営者に対し、道路交通法違反の罪(同法七五条一項三号、同法六六条違反)が成立することを認めている。しかも、この事案にあっては、運転手の側から「日中の勤務には差し支えない」との診断書が提出されているが、こうした診断書には殆ど何らの意義も認められていない。その趣旨につき忖度するに、結局、診察の際会社の管理者が同席するのであればともかく、医師は通常、患者が申告する自己に有利な話だけを基に診断書を作成するものであり、なおかつ医師は基本的にその後に事故が起きても責任を負わないのであるから、診断書の内容は、自ずから患者に不利な内容を極力排する傾向があるからであると思料される。現実に、原告を診察している高根病院の担当医も、原告に対し、「一般論として激務は避ける旨を指導し」ていると言いながら「就労の有無については、個人と会社側の良識に任せている」と、治療についてともかく、原告が就労することに伴い発生する危険に関しては極めて日和見的ないし無責任な態度で臨んでいることが明らかである。

このように、タクシー乗務員の適性を判断する上で重要なのは、当該従業員の日頃の就労状況(病欠の多寡)や、不可解な事故履歴の有無などの日頃の勤務状況であり、現場の実態を知らない医師の作成する診断書でないことが留意されなければならない。

(5) 以上述べてきたことから、本件解雇当時、被告が原告をして職業運転手(特にエアポート勤務)の業務に耐え得る状況にないと判断したことには相当の理由があるのであって、本件解雇に十分な理由があったことは明らかである。

2  (不当労働行為など一切ないこと)

(一) 原告は、本件解雇について、原告の労働組合活動を嫌悪した被告の不当労働行為である旨主張するが、そもそも、いかなる事情があろうと、前述した通り、心身の不調によりタクシー乗務員の適性がないと判定される場合には、当該乗務員をタクシー業務に就労させることは不可能であって、職種限定契約である本件において解雇理由が形成されることは当然であるから、原告の右主張はそもそも主張自体が失当である。

(二) なお念のために一言述べておくに、本件で提出された全証拠を通じても、原告が、所属組合の組合員である事実以上に、原告が何らかの労働組合活動に積極的に取り組んだことを窺わせる事実関係は一切認められず、そもそも被告が原告に対し嫌悪の念を抱く実質的な理由がない。

また、証人菊間は、被告において、組合員と非組合員との間に新車配車の件で差別があると述べるが、非組合員でも古い年式の車両に乗っている乗務員がいること、また、被告が組合との合意を遵守して、その後の最初の新車割当を組合員に対して行ったことは、同証人自身が認めていることである。なお、被告が組合に対して新車の割当を通知したところ、組合内部で協議した結果、小野瀬勝美組合員(現委員長)にこれを割当てて貰いたい旨の申入れがあり、被告はこれに応じて同人に新車を割り当てている。証人菊間は、当時組合の委員長であった正木組合員に対し新車が配車されなかったことを差別の根拠とするが、そもそも、右に見た通り、正木組合員への新車割当を後回しにしたのは組合の総意であったものであり、組合の主張こそ自己矛盾である。その後の景気低迷による会社の経営状況から、新車の購入台数が著しく減少し、新車の割当サイクルが大幅に遅れた結果、新車割当前に正木組合員が定年により退職したまでのことであり、差別などどこにもないことが明らかである。

その他、証人菊間が諸々論じる会社による差別なるものについても、これらはいずれも根拠のない邪推に過ぎないものであり、取り上げるに値しないことは明らかである。

3  (まとめ)

右に見てきた通り、本件解雇に十分以上の理由があることは明らかであるから、本訴請求は速やかに棄却されるべきである。

理由

第一  当裁判所が認定した事実

当裁判所が取り調べた証拠並びに当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和一七年一一月二一日生まれで、昭和三四年ころ普通免許を取得し、平成四年六月に普通二種免許を取得し、同年七月六日に乗務員として被告に入社し、以後タクシー乗務員(運転手)として勤務してきたものである。

原告は、老齢の父母と娘二人を扶養する一家の支柱である。

原告は、平成四年一〇月ころ、芝山タクシー労働組合に加入し、平成八年六月ころから団体交渉の席に出席したこともあった。原告は、平成八年七月ころ、被告代表者から「何時組合を辞めるんだ。」といわれたことがあった。

[甲第四号証の一、第五号証、乙第二号証、原告本人、争いのない事実]

2  被告はタクシー業を主たる業とする有限会社であり、肩書地に本社を置き、芝山、千代田に営業所を有している。

吉野は、被告本社営業所の運行管理者で、同営業所におけるタクシー乗務員並びに車両の管理監督の業務に従事しているものである。

被告は、(1)エアポートタクシー業務(新東京国際空港内で待機して空港の利用客を輸送する勤務)、(2)地場勤務(JR成田駅周辺地域で一般利用者を輸送する勤務)、(3)ブルーラインタクシー勤務(夕方五時以降JR成田駅で待機して同駅の利用客等を輸送する勤務)の三種の勤務形態を設定している。

原告は、原告の希望に基づき、被告の主力業務であるエアポート勤務に従事していた。

被告所定のエアポート勤務とは、新東京国際空港の利用客を対象とするタクシー乗務のことで、被告では、これをさらに乗客の目的地の別に従って、①県外当番(千葉県以外を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)、②県内当番(次に述べる一市五町を除く千葉県内を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)③近郊当番(成田、芝山、多古、大栄、酒々井、富里の一市五町を目的地とする乗客の輸送に当たるもの)の三種に分け、エアポート勤務担当の乗務員に対し、県外(早番)―県外(遅番)―県内(早番)―県内(遅番)―近郊という順番で、機械的に割り当てを行っている。

また、被告はいわゆる二車三制度(二台の車を三人で担当する制度)を採用しており、乗務員は二乗務すると公休、さらに二乗務すると明け番という勤務を繰返している。

早番、遅番は空港タクシー運営委員会の指定によるもので、早番の場合は午前五時三〇分までに、遅番の場合は午前七時までに空港の第九駐車場に入構して待機することになっている。この待機時間は、午後四時過ぎまでになることがあり、例えば東京へ乗客を輸送すると往復三時間かかるという勤務で、拘束時間の長い不規則な勤務である。

なお、タクシー運転業務は、ⅰ不断の連続作業である、ⅱ定姿勢作業である、ⅲ独立稼働型作業である、ⅳ不規則作業の場合がある等の一般的な特徴があり、公共交通としての役目を持つことから、運輸省自動車局長も「運転者の健康状態に起因する事故の防止の徹底について」という通達を発している。

[乙第一、第一五、第五七、第五八号証、証人吉野、原告本人、争いのない事実]

3  原告は、被告に入社する以前の平成二年ころから肝炎を患い、高根病院に通院していたが、平成四年ころには肝硬変に病状が進行し、平成五年ころには糖尿病にも罹患した。

原告は、平成六年にマニラに旅行した際に体調が悪くなり、同年三月一九日から同年五月七日まで入院して肝硬変の治療を受けた。

原告は、本件解雇当時、週に一回高根病院に通院して治療を受け、一日三回薬を服用していたもので、服用していた薬の種類は、アスケート、アンチビオフィルス、ビタプレックス、グリチロン、ピロラクトン、アルタット、マーズレンS、フロセミド、アロシトール、リーバクトであった。

アスケートは、カリウム補給剤であり、アンチビオフィルスは、抗菌性物質耐性乳酸菌製剤で、ビタプレックスは総合ビタミン剤である。

グリチロンは、肝臓疾患用剤・アレルギー用薬で、慢性肝疾患における肝機能改善の効能を有するものであるが、脱力感、筋力低下、筋肉痛、四肢痙攣・麻痺などの横紋筋融解症の症状が現われることがあるという重大な副作用を持つ薬である。

ピロラクトンは、抗アルドステン性利尿剤・降圧剤で、肝性浮腫等に効能を有するが、不整脈、全身倦怠感、脱力、眩暈、精神錯乱、運動失調、傾眠等の症状が現われることがあるという重大な副作用を持つ薬である。

アルタットは、H2受容体拮抗剤で、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等に効能を有するが、まれに可逆性の錯乱状態、幻覚、しびれ、眠気、不眠、眩暈等が現われることがあるという重大な副作用を持つ薬である。

マーズレンSは、胃炎・潰瘍治療剤で、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等に効能を有する。

フロセミドは、利尿降圧剤で、肝性浮腫等に効能を有するが、使用上の注意として、降圧作用に基く眩暈、ふらつきが現われることがあるので、高所作業、自動車の運転など危険を伴う機械を操作するには注意させることが必要で、進行した肝硬変のある患者には肝性昏酔を起こすおそれがあるため慎重投与が必要で、まれに眩暈が現われることがあり、ときに脱力感が現われることがあるという重大な副作用を持つ薬である。

アロシトールは、高尿酸血症治療剤で、眠気が起きることがあるので、車の運転や危険な作業は避けるように使用上の注意がされているもので、倦怠感、手足のしびれ感等の副作用を有する薬である。

リーバクトは、非代償肝硬変患者に、分岐鎖アミノ酸を投与する薬であるが、ときに血中アンモニア値の上昇等が現われることがあるので、使用上の注意が必要である。

[甲第四号証の四、乙第一六ないし第二五、第三五号証、原告本人、争いのない事実]

4  一般に、肝硬変とは、何かの原因により、肝細胞の壊死がある時期に起こり、その結果として肝実質の結節性再生と結合織増殖による偽小葉形成が肝にびまん性に生じた状態をいい、代償期と非代償期とに分けられる。代償期とは、肝に非可逆的な変化があっても、その機能は比較的よく保たれている時期で、非代償期は、腹水貯留をはじめいろいろな臨床症状が出現するようになったときをいう。非代償期になると、消化管出血をみることも少なくなく、消化管出血の後には昏酔に陥る場合が少なくない。

非代償期の肝硬変では、その程度によって生活を規制する必要があるが、例えば腹水を有するような場合には、安静臥床が原則とされている。

また、肝硬変と糖尿病を併発している場合、アンモニア高値になると、多幸感、記銘力低下、更に悪化すると意識の混濁、手指のふるえが生じる可能性があり、血糖高値になると、糖尿病性昏酔に至る場合があり、無治療であれば七〜八割絶命に至る重症のものである。

原告については、平成一〇年五月二五日の東邦大学医学部付属佐倉病院担当医師伊藤嘉晃の診断によれば、病名は「肝硬変、糖尿病」で、「上記診断にて高根病院を受診中です。①当院の検査結果では、肝硬変症の採血データは安定していると考えます。エコーと胃カメラによる合併症精査を行っています。②糖尿病は、コントロール良と考えられます。現状では、日常生活に支障なく、労働は可能と考えられます。」旨の診断書が作成されている。

原告は、前記の服用している薬の内容からして非代償期肝硬変と認められるが、外来にて血糖、アンモニア値は安定しているという診断を得ていた。高根病院は、原告がタクシー運転手であることは承知しており、原告には激務は避けるよう指導していたが、就労の有無については、原告と会社側の良識に任せるという判断であった。

原告は、平成七年は、病気、体調不良、通院を理由とする欠勤が一二日あったが、平成八年は二月九日の一日及び後記第四事故の後の五日であった。

原告のタクシー乗務員としての売り上げは、平均を下回ることはなかった。

[甲第三号証、第一〇号証の一、二、乙第二六号証の一、二、第三七、第四七ないし第五五、第五九、第六〇号証、原告本人]

5  原告は、平成六年九月二七日午後六時三九分、千葉県成田市内の東関東自動車道下り線上において営業車を運転して追い越し車線を走行中、右前部を中央分離帯のガードレールに接触させ、その反動で左土手に乗り上げるという交通事故を惹起し、営業車の右フェンダー部分を中破させた(第一事故)。東関東自動車道は、エアポート勤務の乗務員は日常的に使用する道路である。原告は第一事故の原因について、当日は降雨で、道路上に部分的に水が溜まり、水たまりにハンドルを取られた旨報告している。

原告は、平成八年二月六日午後一〇時三〇分ころ、東関東自動車道下り線を営業車を運転して東京方面から成田方面に向かう途中、富里出口三キロ手前付近において、追い越し車線を時速一二〇キロメートル位で走行中、中央分離帯のガードレールに接触し、右フロントフェンダー部分を中破させた(第二事故)。原告は、第二事故の原因について、風にあおられ、ミゾ(わだち)にはまってガードレールに接触した旨報告している。

原告は、平成八年六月二九日午後五時三〇分ころ、千葉県成田市内の通称空港周辺道路において、空港方面に向かって営業車を運転中、道路左側の縁石に乗り上げ、椿の街路樹六本をなぎ倒した(第三事故)。空港周辺道路も、エアポート勤務の乗務員にとって使用頻度の極めて高い道路である。原告は、第三事故の原因について、前方を同一方向に進行していた一一トン位の大型トラックが、ウインカーも出さずにいきなり道路右側の駐車場に入ろうと右ハンドルを切り、そのためにトラックの車体に前をふさがれ、トラックとの衝突を回避しようとハンドルを左に切ったところ、道路左端の縁石に乗り上げ、椿の街路樹に衝突したもので、駐車場に入ろうとしていた車が多く、前がつかえていたためトラックは急ブレーキをかけて一時停止してしまったのである旨陳述している。

空港周辺道路は、直線状の見通しの良い道路で、道路右側の駐車場に入るための右折専用車線が設置されており、原告が衝突した一本目の街路樹から右折専用車線の始まりまでは約一五メートルの距離があり、街路樹間の間隔は約三メートルである。街路樹のすぐ外側には金網のフェンスがあるが、フェンスには破損がなかった。

原告は、平成八年一二月一〇日の勤務終了後、被告の服務規律事項である帰庫厳守(勤務終了後直ちに帰庫し、許可なく会社の車を持帰らないこと)を守らず、自宅へ営業車を持帰ったため、翌一一日の朝八時以降、吉野が二度にわたり原告の自宅に電話して、直ちに本社営業所に営業車を持ってきて前日の売上金を納金するよう催促した。原告は、翌一一日午前中、本社営業所に向かうため、自宅を出て営業車を運転し、千葉県香取郡多古町の一般道路上の緩い右カーブ地点において、大栄町方面から芝山町方面に向けて進行中、営業車を道路左側に逸走させ、コンクリートブロックに乗り上げて、右前輪のアームを折損させた(第四事故)。

原告は、事故直後、携帯電話で本社営業所に、「車がパンクして動けなくなった。」旨連絡したので、被告との契約整備業者である斉藤が修理道具を持って事故現場に赴いたところ、原告の運転していた営業車はパンクではなく右前輪アームの折損で、自力走行も不可能であったことから、斉藤は営業所に電話して車載車を差し向けてもらうよう手配した。

そのころ、被告にかつて勤務していたことのある高橋が事故現場を通りかかったことから、原告は高橋の車両で本社営業所まで送ってもらったが、営業車内における乗務記録の記入、納金手続は原告に代わり高橋が行った。

原告は、第四事故の原因について、事故現場のカーブにさしかかったところ前方から大型トラックが道路のほぼ真ん中を走行してきたため接触しそうになったので、左へハンドルを切ったところ道路左側のコンクリートブロックに乗り上げた旨陳述している。

第四事故の現場は、センターラインや歩道のない舗装道路で、道路幅は約5.5メートルあり、直角に曲がるカーブではなく、原告の進行方向から見て緩い右カーブで、カーブ内側は植木畑のようになっているが、植木の高さはそれ程高くはなく、対向車の見通しは悪くはない。

原告は、第四事故の後、高橋に送られて高根病院を受診したが、その後同月一五日まで五日間欠勤した。

右第一ないし第四事故の際は、いずれも空車状態であった。

[甲第四号証の一、二、乙第一、第三ないし第一〇、第一二、第二八、第二九、第六三号証、証人吉野、同高橋、原告本人]

6  被告は、平成八年一二月一九日、原告に解雇通知書を交付したが、右解雇通知書には、解雇の理由として「貴殿のこれまでの勤務状況に照らし、従業員としての適性を著しく欠くと認められるので、会社は平成九年一月三一日をもって貴殿を解雇します。」旨記載されている。

平成九年一月一六日に本件解雇を巡って、芝山タクシー労働組合と被告との団体交渉がもたれたが、被告側の解雇理由の説明は事故の多さということであり、病気が理由であるという説明はなかった。

被告の就業規則第二五条(解雇)一項は、「会社は従業員が次の各号に該当するときは、解雇する。①精神もしくは身体に障害があるか、または適性を欠くため、業務に堪えられないと認めたとき……④事故を重ね、または重大な事故を起こしたとき」と規定している。

被告では、これまでに乗務員による交通事故は相当数存在するが、交通事故を理由に解雇された例は確認されていないものの、事故を多発した乗務員は結果的に退職した者が多い。

タクシー運転手で持病のある者は多く、高血圧、糖尿病等の治療を受けながら乗務しているものがいるのが実情である。

原告は、平成一〇年二月から、ニュー成田交通にタクシー乗務員として勤務している。

[甲第一、第五ないし第八号証、第三〇号証の二、証人吉野、同菊間、原告本人、争いのない事実]

第二  争点に対する判断

一  解雇権の濫用の主張について

1  (原告の病状、服用している薬について)

原告が、肝硬変、糖尿病の持病を有することは当事者間に争いがない。

そこで、原告の肝硬変の病状について検討すると、前第一認定の原告の肝炎並びに肝硬変の発症時期、マニラに旅行中倒れた経緯、平成七年の欠勤状況、服用薬等に鑑みると、非代償期にあると認めざるを得ないのであって、肝硬変としては相当病状が進行しているものと断ぜざるを得ない。

また、原告は、肝硬変と糖尿病を併発していることによって、アンモニア高値、血糖高値になると意識混濁や糖尿病性昏酔に陥る可能性があるものである。

原告は、甲第三号証(平成一〇年五月二五日の東邦大学医学部付属佐倉病院医師伊藤嘉晃作成の診断書)、第一〇号証の一、二、乙第二六号証の一、二を根拠に原告は就労が困難ではない旨主張するが、肝硬変の非代償期においては激務を避けて生活を規制する必要があることは前認定のとおりであり、被告のエアポート勤務が拘束時間の長い不規則な勤務で激務であることを考慮すると、右各書証の記載も原告が右勤務に耐えうる根拠とは言い難い。

当裁判所は、本件訴訟の争点整理手続段階において、原告に診断書等の書証を提出するだけでなく、医師を証人申請するなどの医学的な立証をするよう促したが、原告はこれをしなかったものである。

更に、問題になるのは、原告には、肝硬変、糖尿病の症状以上に、その治療のために服用する薬の重大な副作用の危険性があることである。前記のとおり、原告が服用していた薬の中には、脱力感、眩暈、精神錯乱、ふらつき、眠気等タクシー運転手にとっては危険な副作用を有するものがあり、これらの薬を常用しながら激務であるエアポート勤務に従事すると運転中に薬の副作用による症状が発生する可能性があり、その場合には、本件第一ないし第四事故と同種の事故を再発する危険性がある。

そうすると、原告の病状、服用薬のどちらをとってみても、原告が被告のタクシー乗務員として特にエアポート勤務に従事するのは、旅客にとっても、原告本人にとっても極めて危険な憂慮すべき事態である。

原告は、平成八年一二月一九日に本件解雇が通知された際の理由として病気が挙げられていなかった旨主張するが、後述のとおり、本件第一ないし第四事故は、原告の病状、服用薬との関連性を否定できないもので、被告が本件第一ないし第四事故を解雇理由としたことは、とりもなおさず、原告の病状、服用薬をもその根拠としていると言って差し支えないから、原告の右主張も採用できない。

2  (本件第一ないし第四事故について)

本件第一ないし第四事故について、原告はそれぞれ特有の事故原因を主張し、原告本人もその旨供述、陳述しているので、以下これらの事故の原因について考察する。

まず、本件第一、第二事故は、いずれもエアポート勤務の乗務員が日常的に使用する高速道路上において追い越し車線を高速走行中に中央分離帯のガードレールに接触したという事故であって、原告が事故の原因として主張する水たまり、わだち、風はエアポート勤務のタクシー乗務員としては当然予測可能なことであって、運転経験の長い原告が右の如き原因でガードレールに接触したとはにわかに信じ難く、原告が運転中に、脱力感、眠気、一時的な意識混濁等の正常な運転ができない状態に陥ってガードレールに接触したと考える方が遙かに自然である。

次に、本件第三事故であるが、この事故の現場も使用頻度の高い道路で、直線状で見通しも良いこと、原告主張の右折車線が始まる地点は原告が縁石に乗り上げた地点から一五メートル位先にあること、原告は、営業車で街路樹を六本なぎ倒しており、街路樹のすぐ外側のフェンスに破損がなかったこと等の事情に鑑みると、原告は営業車を相当な速度で走行させたまま道路とほぼ並行に縁石に乗り上げ、街路樹をなぎ倒したと認めるのが相当であり、原告の主張するようにトラックを避けようとして原告がハンドルを左に切ったというよりは、原告が運転中に、脱力感、眠気、一時的な意識混濁等の正常な運転ができない状態に陥ったため、路外に逸脱したと考える方が遙かに合理的である。

更に、第四事故についても、原告の主張する事故原因は説得力のないもので、第四事故の現場は、仮に原告主張のように前方から大型トラックが走行してきたとすれば、早期に発見可能な緩やかなカーブと認められるうえ、職業運転手であれば、仮に対向車を避けるにしてもハンドルを右に切りながら路外に逸脱する部分を最小限にとどめるための努力をしたであろうと推認されるのに、原告の運転していた営業車はあたかもカーブでハンドルを切らずにまっすぐに進行したかのように右前輪まで路外に逸脱するという事故態様となったもので、この事故も原告が何らかの正常な運転ができない状態に陥ったため、カーブでハンドルを切らずにそのまま路外に逸脱したものと認めるのが相当である。また、原告は否定しているものの、原告が右事故直後に携帯電話で本社営業所に「車がパンクして動けなくなった。」旨連絡したことも動かし難い事実であり、原告の本件第四事故直後の混乱状態を表しているし、原告は第四事故の後同月一五日まで五日間欠勤したが、その間の治療内容等についても原告から何らの主張立証がなされていない。

以上のとおりで、本件第一ないし第四事故は、いずれも路外に逸走したうえでの自損事故という共通点を有するもので、空車状態で発生したこともあって、結果的に大事には至らなかったものの、特に本件第一、第二事故は重大な結果を招来する危険性もあったものである。これらの事故は、前記原告の病状、薬の有する副作用、同種の事故が連続的に発生したこと等からすれば、いずれも原告が正常な運転ができない状態に陥ったために発生した事故と認めざるを得ない。

3  (まとめ)

してみれば、原告は、その病状、服用している薬の副作用により、運転中に何らかの正常な運転ができない状態に陥る可能性があると認められるから、タクシー乗務員、特に被告のエアポート勤務乗務員としての適性を欠くと認められるので、被告が「原告が従業員としての適性を著しく欠く」として原告を解雇した本件解雇には正当な理由があり、解雇権の濫用とはいえない。

二  不当労働行為の成否について

前認定の被告の営業内容、乗務員の勤務形態、原告の病状、第一ないし第四事故の内容、原告の生活状況等を考慮すると、原告を解雇するにあたっては、事前に原告に休養を勧め、その間に原告に診断書の提出を促すなどして原告の病状を調査し、原告に事故や病状について弁明の機会を与え、その結果従業員としての適性を欠くと判断したのであれば転職を勧告するなどの手続をとるのが望ましかったと解される。

被告においては、過去にも事故を起こした乗務員が相当数存在したが、結果的に退職した者が多く、事故を理由に解雇された者がいることが確認されていないこと、原告が、芝山タクシー労働組合の組合員であり、団体交渉の席に出席したことがあって、被告も原告が組合員であることを承知していたこと等の事実を考慮すると、原告が労働組合員であるため前記の手続がとられずにいきなり解雇通知が交付されたのではないかという疑いが残り、本件解雇の手続には疑問の余地がある。

しかしながら、前述のとおり、本件解雇には正当な理由があり、特に原告の病状、薬の副作用、事故が連続したこと等に鑑みれば、原告が労働組合員であることが本件解雇の決定的動機であるとまでは認められないから、解雇の手続に右のような疑問があることを考慮しても、原告が労働組合員であることをもって不当に差別的待遇をしたとはいえないので、本件解雇は不当労働行為には該当しない。

第三  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・仲戸川隆人)

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